スポットと観光情報

福澤諭吉が幼少、少年時代を過ごした中津。
中津には福沢諭吉のゆかりの地が数多く残されています。

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諭吉ゆかりのスポット

福澤諭吉旧居・記念館

福澤諭吉が1歳6ヶ月の時父が急死したため、1836年(天保7年)秋、母子6人で大坂の中津藩蔵屋敷から藩地の中津に帰って来ました。最初に住んだ家は、大坂赴任前の父が住んでいた小さな家で、建物は現存しませんが、宅跡として整備され見学することができます(福澤旧居の駐車場脇に位置しています)。その後移り住んだ家が、現在残されている福澤旧居です。

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銅像(JR中津駅 北口)

この銅像は、福澤諭吉の肖像が1万円札の顔として発行されたことを記念して1985年(昭和60年)2月に建てられたものです。像の隣には福澤諭吉像、および一万円札発行の30周年を記念した看板も設置されています。

競秀峰

1894年(明治27年)の春、この地を訪れた福澤諭吉が競秀峰の一部が売りに出されていると知り、「樹木などを伐採されるようなことがあっては、景観を損じてしまう」として、私財を投げ打ち附近一帯の土地をまとめて買い取ってこの景観を護ったといわれています。

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諭吉の母 お順さんの店

福澤諭吉とその母お順さんを紹介するお店です。お土産物の販売のほか中津市観光パンフレットなどがあります。

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新中津市学校

1871年(明治4年)に福澤諭吉の提言によって開校。旧中津市歴史民俗資料館の建物を改修し、新たな中津市内学びの拠点として2019年(令和1年)8月に開設されました。

独立自尊の碑

中津公園地にあり、1904年(明治37年)7月8日、大分県共立教育会が建立したものです。当初は福澤諭吉の銅像を建設する計画でしたが、福澤は生前、銅像建立を好まなかったことから、福澤の精神を表すこの語を刻む石碑とされました。当時は公園地中央にありましたが、1932年(昭和7年)10月18日に、現在の位置に移設されました。

増田宋太郎の碑

本館東隣の増田宋太郎生家跡に建つ記念碑。増田宋太郎は福澤諭吉の再従弟(またいとこ)。渡辺重石丸(いかりまる)の道生館で国学を学び、尊王攘夷思想を抱くようになり、福澤に反感を抱いた時期もありましたが、のちに意見を変え、上京し慶應義塾で学びました。中津地方紙『田舎新聞』の社長などを務めましたが、1877年(明治10年)に西南戦争に参戦し、戦死しました。


諭吉ゆかりの地以外にも中津にはおすすめの観光スポットがたくさんあります。

中津観光情報

福澤諭吉旧居・福澤記念館

https://fukuzawakyukyo.com/

福澤諭吉旧居は、諭吉が長崎に遊学するまでの幼少青年期を過ごした家で、自ら改造し勉学に励んだ土蔵が残っています。また隣接する福澤記念館には、福澤諭吉の書・手紙・写真などのほか父百助の書や関係する人々の資料、一万円札の1号券などが展示されています。
諭吉の精神とその生涯、そして諭吉がずっと愛し続けた中津の歴史と文化を、ひもといてみませんか。

中津耶馬渓観光協会

https://nakatsuyaba.com/

中津には歴史情緒溢れる町並み、自然が織り成すパノラマなど見所がいっぱい。サイクリングなどアクティビティもあり、全国的に有名な「中津からあげ」、食通が唸る絶品「つの字はも」などのグルメも充実しています。
中津耶馬渓観光協会は魅力あふれる中津の観光情報をお届けしています。

中津耶馬渓 紅葉+Style

https://kanko.city-nakatsu.com/

福岡と大分県の県境にある中津。奇岩が立ち並ぶ耶馬渓は、古くから有名なスポットです。
特に紅葉の景勝地として有名な中津耶馬渓ですが、紅葉のほかにも楽しみ方はいっぱい!
紅葉+Styleで、あなただけの旅を。

中津市観光情報ページ

https://www.city-nakatsu.jp/categories/kanko-navi/

中津市の名物やお土産、お祭りやイベントなど様々な観光情報をお届けします。

中津市歴史博物館(なかはく)

http://nakahaku.jp/

中津城内堀沿いにある中津市歴史博物館(愛称:なかはく)
館内は、石垣側が総ガラス張りになっており、黒田官兵衛の築いた九州最古の近世城各の石垣鑑賞をゆっくりとお楽しみいただけます。また、常設展示や様々な企画を行う展示室を備え、中津の歴史と文化を学べます。
子どもから大人までが楽しく体験学習ができるプレイスタジオや中津城の石垣を分かりやすく解説したシアターのほか、カフェやショップなどもあります。